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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)2888号 判決

控訴人 第一審原告亡浅野寅一訴訟承継人 浅野シズ 外二名

被控訴人 藤野泰之助 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人は「原判決を取消す。被控訴人藤野泰之助は控訴人等に対し原判決添付目録記載(二)の建物を収去して同目録記載(一)の土地を明渡せ。

被控訴人桜井四四雄は控訴人等に対し同目録記載(四)の建物を収去して同目録記載(三)の土地を明渡せ。被控訴人藤野貞蔵は控訴人等に対し同目録記載(二)及び(五)の建物から退去して右建物の敷地を明渡せ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人等代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、控訴人等代理人において、

一、第一審原告浅野寅一は昭和三十年十月十日死亡したので、控訴人等においてその相続をし本件訴訟を承継した。

二、仮に被控訴人藤野泰之助が、さきに訴外安養寺から賃借した本件土地のうち原判決添付目録記載(三)の土地を、被控訴人桜井四四雄に無断転貸した事実がないとしても、右被控訴人藤野は右土地を無断で右被控訴人桜井に使用貸借したものである。そこで控訴人等先代浅野寅一又は控訴人等はこれを理由として右被控訴人藤野に対し本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。よつて本件土地賃貸借契約は右契約解除の意思表示により解除されたものである。

三、仮に右契約解除の事実がなく又本件土地賃貸借契約が期間の定めのなかつたものであるとしても、訴外安養寺は昭和二十年十二月二十八日施行の宗教法人令によつて設立及びその登記がされ、宗教法人法施行後昭和二十八年九月十六日新法によつて設立登記された宗教法人であつて、旧令時代の一切の権利義務を承継したものであるところ、右土地賃貸借契約は、同寺の代表役員である住職服部賢治が昭和二十六年一月当時施行の宗教法人令第一一条に定める総代又は主管者の承認を受けず従つて土地処分の能力又は権限がなかつたのにかかわらず、被控訴人藤野泰之助との間に締結したものであるから、右服部は民法第六〇二条所定の五年の期間を超える土地賃貸借契約を締結し得ないものであり、従つて右土地賃貸借契約は少くとも五年の期間満了の日である昭和三十一年一月末日をもつて終了したものである。(仮に右服部が右五年の期間を超える長期の土地賃貸借契約を締結したとすれば、かかる長期の土地賃貸借契約は前記宗教法人令第一一条にいう不動産の処分に該当するものと解すべきであるから同条により無効である)。

四、仮に右土地賃貸借契約が五年の期間について更新できるものとしても、控訴人等先代浅野寅一は昭和二十九年五月八日右土地明渡請求の本件訴訟を提起したことにより被控訴人藤野泰之助に対し右契約の更新を拒絶したものである。そして本件土地は右寅一又は控訴人等において浴場経営の燃料置場として、しかもその位置も至便のため、これを自ら使用する必要があるものであるのに反し、被控訴人藤野泰之助は右土地上に足場丸太の小屋掛をしてトタン屋根を設備し物置等に使用しているのに過ぎず殆ど本件土地の使用を必要としないものである。

五、なお控訴人等は、予備的請求として、被控訴人藤野泰之助は控訴人等に対し原判決添附目録記載(一)及び(三)の土地を地上建築物等一切を収去して明渡せとの判決を求め、その請求原因として次のとおり主張する。

本件土地は控訴人等先代浅野寅一において昭和二十八年九月十七日頃訴外安養寺からこれを買受けその所有権を取得したが、被控訴人藤野泰之助の買受け申出により種々交渉の末同月二十六日右被控訴人藤野との間に次の約定で売買契約が成立した。

(一)  代金は金六十五万円とし、即日手附金として金二十万を支払い、残代金四十五万円は昭和二十八年十月二十五日に同日までの月三分の割合による利息を附加して支払うこと、

(二)  所有権移転登記手続は、代金を完済の上中間登記を省略し、訴外安養寺から直接右被控訴人藤野に対しこれをすること、但し登記費用は右被控訴人藤野の負担とすること、

(三)  右被控訴人藤野が期日に残代金を支払わないときは、何等の催告をも要せず売買契約は解除されるものとし、右手附金は売主において取得するものとすること、

(四)  売買契約が解除されたときは、右被控訴人藤野は右寅一に対し本件土地全部を地上所在の建築物等一切を収去して明渡すこと。

しかるに右被控訴人藤野は昭和二十八年十月二十五日の期日に右残代金の支払をしなかつたので、右浅野寅一は念のため昭和二十九年二月八日右藤野に対し右残代金を同月十三日午前十時までに登記所である東京法務局武蔵野出張所において支払われたい旨催告し、右催告書は同月九日右藤野に送達された。しかるに右藤野はこれに応じなかつたので、右寅一は同月十三日の午後右売貿契約を解除する旨の通知を発し、右通知書は同月十四日右藤野に送達された。従つて右売買契約は昭和二十九年二月十四日解除された。よつて右浅野寅一の相続人である控訴人等は、右契約(四)の条項に基き、被控訴人藤野泰之助に対し本件土地全部を地上建築物等一切を収去して明渡すべきことを求める。

と述べ、被控訴人等代理人において、

一、控訴人等主張の第一審原告浅野寅一の死亡及び控訴人等の相続承継に関する事実はこれを認める。

二、控訴人等主張の被控訴人藤野泰之助及び被控訴人桜井四四雄間の土地使用貸借契約に関する事実はこれを否認する。

三、控訴人等主張の、訴外安養寺の代表役員である住職服部賢治が被控訴人藤野泰之助との間に本件土地賃貸借契約を締結するにつき、当時施行の宗教法人令第一一条に定める総代又は主管者の承認を受けなかつたものとし、これを前提としてこの点において右土地賃貸借契約の効力が制限を受け又は無効で結局その賃借権が消滅したとする仮定的な新主張は、当審において初めて提出されたものであるところ、第一審原告浅野寅一又は控訴人等は従来右土地賃貸借契約が有効であり右第一審原告又は控訴人等においてその賃貸人たる地位を承継したものとし、ただ控訴人等主張の無断転貸を理由とする契約解除のあつたことのみを主張して本訴請求をしてきたものであるから、控訴人等の右新主張は(なおこれが自白の撤回であるとしても被控訴人等は同意しない)長年の訴訟の経過に照すと、第一審原告又は控訴人等の故意又は重大な過失により時機に遅れて提出されたもので、これがために訴訟の完結を遅延させるものである。よつて右新主張は却下されるべきものである。

なお右新主張については次のとおり答弁する。

(一)  本件土地賃貸借契約が昭和二十六年一月訴外安養寺の代表役員である住職服部賢治と被控訴人藤野泰之助との間に締結されたものであること及び同寺の設立、登記及び権利義務承継に関する事実はこれを認める。しかし本件土地は同寺が古くから附近一帯の土地と共に普通建物所有の目的で一般私人に賃貸してきた土地であり、寺の境内地又は宗教法人の目的に必要な土地ではないから、同寺が右土地を賃貸するにつき当時施行の宗教法人令第一一条に定める総代等の承認を受けることを必要としたものではない。

(二)  仮に右総代等の承認を要したものとしても、本件土地賃貸借契約については昭和二十六年一月当時その承認を受けたものである。

(三)  仮に右総代等の承認が有効になされなかつたとしても、被控訴人藤野泰之助は当時善意無過失で本件土地賃貸借契約を締結したものであるから、控訴人等は右被控訴人藤野に対し本件土地賃貸借契約について右総代等の承認のなかつたことをもつて対抗することはできない。

四、控訴人等の被控訴人藤野泰之助に対する予備的請求及び請求原因の追加については、右被控訴人藤野は、その不許の裁判を求める。

即ち、控訴人等の予備的請求は、控訴人等先代浅野寅一は昭和二十八年九月二十六日被控訴人藤野泰之助との間に本件土地につき売買契約を締結したが、その後右売買契約は右藤野の債務不履行により解除され、右藤野は右契約において契約解除のあつた場合につき定められた条項により右土地上の建築物等一切の収去及び土地明渡の義務を負担したとしてこれを請求の原因とするものであるところ、このような予備的請求及び請求原因の追加は、本件訴訟の経過に照し著しく訴訟手続を遅滞させるものである。よつて右予備的請求及び請求原因の追加は許されないものである。

五、仮に右の点が認められないとすれば、被控訴人藤野泰之助は予備的請求棄却の判決を求め、次のとおり答弁する。

(一)  控訴人等先代浅野寅一と被控訴人藤野泰之助間に昭和二十八年九月二十六日本件土地につき控訴人等主張の売買契約(但し、所有権移転登記手続は、代金完済の上中間登記を省略し、安養寺から直接右藤野に対してする旨の約定の点を除く)が成立したこと及び右被控訴人藤野が右寅一に対し手附金二十万円を支払つたことはこれを認めるが、その余の事実はこれを否認する。

(二)  右土地売買契約は、約旨に従い、右被控訴人藤野において昭和二十八年十月二十五日残代金四十五万円を支払のため提供したが、右寅一において登記手続に必要な書類がないとのことで履行に応じなかつたところ、その後同年十二月二十日双方合意の上これを解約したものである。なおその際右寅一は右藤野に対し手附金二十万円を同月二十二日に返還する旨約しながら、その支払をしなかつたので、右被控訴人藤野は昭和三十五年十一月十四日右寅一の相続人である控訴人等を相手方として右手附金返還請求訴訟を東京地方裁判所八王子支部に提起し、昭和三十七年七月十一日右藤野勝訴の判決言渡を受け、次で控訴人等において控訴したが昭和三十八年一月二十一日控訴取下により判決確定したものである。

と述べ〈証拠省略〉たほか、原判決摘示の事実及び証拠関係と同じであるからこれを引用する。

理由

当裁判所の判断は、次の点を附加するほか、原判決の理由に説明するところと同じであるからこれを引用する。

一、控訴人等主張の第一審原告浅野寅一の死亡及び控訴人等の相続承継に関する事実は、当事者間に争がない。

二、控訴人等は、仮に、被控訴人藤野泰之助が、さきに訴外安養寺から賃借した本件土地のうち原判決添附目録記載(三)の土地を、被控訴人桜井四四雄に無断転貸した事実がないとしても、右藤野は右土地を無断で右桜井に使用貸借したものである旨主張する。

しかし、右藤野が右(三)の土地上に原判決添附目録記載(四)の仮設小屋である建物を建築し、たまたまその小屋の一部を近隣のよしみで右桜井に薪炭置場として無償使用せしめたことは、原判決の認定するとおりであつて、右事実に照すと、右藤野は右桜井に対し右小屋の一部の使用を承諾したのに伴い、当然にその敷地に当る右(三)の土地部分の使用をも認容したものということができるが、それは右小屋の一部の使用が許される限りこれに附随して当然に認容される使用関係であつて、特に右(三)の土地につき右藤野と桜井との間に控訴人等主張のような使用貸借契約が締結されたものとは認められない。他に右藤野と桜井との間に控訴人等主張の土地使用貸借契約の成立したことを認めるに足りる証拠はない。よつて右土地使用貸借契約の成立を前提とする控訴人等の主張はいずれもその理由がない。

三、当審に提出された甲第六ないし第九号各証、当審における控訴人浅野シズ、被控訴人桜井四四雄及び被控訴人藤野泰之助各本人尋問の結果によつても、原判決及び右に認定したところを左右するに足らない。

四、控訴人等は、控訴人等主張の土地賃貸借契約解除の事実がなく又右賃貸借契約が期間の定めのなかつたものであるとしても、右契約は訴外安養寺の代表役員である住職服部賢治が昭和二十六年一月被控訴人藤野泰之助との間に締結したものであるところ、右服部は当時施行の宗教法人令第一一条に定める総代又は主管者の承認を受けなかつたものであるとし、新にこの点を前提として右賃借権消滅に関する主張をする。これに対し被控訴人等は、右仮定的な新主張は、第一審原告又は控訴人等の故意又は重大な過失により時機に遅れて提出されたものでこれがために訴訟の完結を遅延させるものであるから許されないとして抗争する。

この点について判断するに、控訴人等の右仮定的な新主張は当審昭和三十七年四月六日付及び昭和三十八年三月一日付各準備書面の提出陳述によつて初めて主張されたものであるところ、本件訴訟は昭和二十九年五月八日原審に訴状が提出され、同年六月十五日から口頭弁論が開始されたが(なお控訴状の提出は昭和三十六年十二月五日である)、第一審原告浅野寅一又は昭和三十六年十一月十六日第一審において訴訟手続を受継した控訴人等は(なお控訴人等の訴訟代理人平原謙吉は第一審原告の訴訟代理人であつた)、従前右新主張の点はこれを主張することなく、単に右浅野寅一が昭和二十八年九月十七日訴外安養寺から本件土地を買受けてその所有権を取得すると同時に同寺及び被控訴人藤野泰之助間の本件土地賃貸借契約における賃貸人たる地位を承継したが右土地賃貸借契約は控訴人等主張の無断転貸の事実を理由として解除されたとの点を主張してきたものであることは、記録上明かなところである。このような訴訟の経過に照すと、控訴人等の新主張は著しく時機に遅れて提出された攻撃方法であることが明かである。しかも、控訴人等は新主張の点については第一次に立証することを要するものでないとしても、被控訴人等はこの点を争い仮に同寺の土地賃貸について総代又は主管者の承認を要するものとしてもその承認を得たものであり又被控訴人藤野泰之助は当時善意無過失であつたとしてこの点を立証することを要するものとしているものであることは、被控訴人等の弁論の全趣旨によつてこれを知り得るところであり、これと本件訴訟の経過(なお原審証人服部賢治の証言参照)とを併せ考えると、控訴人等の新主張が時機に遅れて提出されたのは少くとも重大な過失によるものであり又これがために訴訟の完結を遅延させるものと認めるに足りるところである。よつて控訴人等の右新主張は民事訴訟法第一三九条によりこれを却下すべきものである。

五、次に、控訴人等は、控訴人等先代浅野寅一は昭和二十八年九月二十六日被控訴人藤野泰之助との間に本件土地につき売買契約を締結したが、その後右売買契約は右藤野の債務不履行により解除され、右藤野は右契約において契約解除のあつた場合につき定められた条項により右土地上の建築物等一切の収去及び土地明渡の義務を負担したとし、これを請求原因として右被控訴人藤野に対し前記予備的請求をする。これに対し右被控訴人藤野は、このような予備的請求及び請求原因の追加はこれにより著しく訴訟手続を遅滞させるものであるから許されないとして抗争する。

この点について判断するに、控訴人等の右予備的請求及び請求原因の追加は、当審昭和三十七年六月十五日付準備書面の提出陳述によつて初めて追加された(なお、第一審原告浅野寅一が原審において提出陳述した昭和三十年二月七日付準備書面にはその事実関係の大要が記載されているけれども、それは単に事情として記載されたに止り請求原因として記載されたものでない)ものであることは、記録上明かなところである。しかし被控訴人藤野泰之助において、右事実関係を争いこれについて立証することを要するものとしているものであることは、右被控訴人藤野の弁論の全趣旨によつてこれを認め得るところであり、これと本件訴訟の経過及び乙第一号証(東京地方裁判所八王子支部昭和三十五年(ワ)第四二八号内金返還請求事件の判決正本、なお同判決が控訴人等の控訴取下により確定したものであることは当事者間に争がない)とを併せ考えると、右予備的請求及び請求原因の追加はこれにより著しく訴訟手続を遅滞させるものと認めるに足りるところである。よつて控訴人等の右予備的請求及び請求原因の追加は民事訴訟法第二三三条によりこれを許さないものとする。

以上により控訴人等の本訴請求を棄却すべきものとした原判決は相当で本件控訴はその理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条第九五条第九三条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 板垣市太郎 村木達夫 元岡道雄)

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